武闘大会が終わって数日がたった。終わった翌日には国王から魔族を倒した礼は言われたが、武闘大会のことは特に話題に上がらず……会場を壊した責任も特に何も言われず、危機を救ってくれたことだけを褒め称えられた。城や城下内でも魔族が現れて、勇者が倒したことで話題が持ち切りだった。武闘大会のことはみんなの記憶から薄れているようだった。でも、魔族を倒したのは俺じゃないんだよな……ただ、俺としては人相手に戦ったのはほぼ初めてだったけど……以前よりか強くなった実感は出来たし、武闘大会に出て良かったかな。失いかけた自信もこれで少しは取り戻せたとは思う。まぁ、まだまだ魔族の強い奴らやゾルダやマリー、セバスチャンには敵うとは思えない。人であの域に達することが出来るのかの心配はあるけど、努力は裏切らないし、まずは頑張ろう。自分のペースでやっていけばいいのだ。さてと、次は東の街へ行く話だったと思うのだけど……ゾルダが一向に動かない。最初は俺が方々で説明をしたり、国王に謁見したりでそれを待っているのかと思ったのだが……飲み食いしては寝て、起きては飲み食いしての繰り返し。朝から酒を浴びるように飲んでいる。なんかさらさら動く気なんかないように感じる。俺がゾルダたちが封印さいている武器や装備を持って出発すれば否応なしに動き始めるはずなんだけど……強引に進めるのは気持ちが乗らないので、確認はしてみる。「あのさ、ゾルダ。 そろそろここを出て次に向かわないと……」「そうじゃったかのぅ…… ワシはいろいろあって疲れたからもう少しここで休まないといかんのじゃ」酒臭い匂いを漂わせて、けだるそうにゾルダは応えた。「いや、いろいろやっていたのは俺であって、ゾルダではないだろ? その辺りの話も終わったし……」「……もう少しじゃ…… ここを出ていったらもうこの美味しい酒はしばらくお預けなのじゃ。 名残惜しいのじゃ。 もう少し飲ませるのじゃ」そうだろうと思ったけど、思いっきりぶっちゃけるなぁ。「それはそれでわかるけど、アスビモのことはどうするの?」「…………」アスビモと言う言葉にちょっとは反応したゾルダだが、俺から顔を背けてベッドに横たわってしまう。マリーもゾルダにベッタリで、一緒になって横になっている。「セバスチャン…… なんとかならない?」「
国王の思い付きで始まった武闘大会でしたが、バルバロスとか言う小悪党の所為でお開きになりましたわ。まぁ、国王の思い付きというよりかねえさまがそそのかしたのですが……今は、その後始末というかなんというかで、アグリが説明に追われています。マリーやねえさま、セバスチャンの正体を知られても仕方ないですし。アグリはいつも損な役回りで大変ですわ。それにしても武闘大会でのねえさまの活躍は見事でしたわ。不慣れな剣でのあの快進撃……しばらく触ってないとは思えないほどの剣捌きでした。今、思い出しても、ウットリしてしまいますわ。マリーもあの域に達したいものですわ。あと、アグリは……正直あそこまでやるとは思いませんでしたわ。私と一緒にセバスチャンの訓練を受けているはずなのですが……あのねえさまと対等にやりあうなんて思っても見ませんでしたわ。少しだけですが、見直しましたわ。まだまだねえさまには遠く及ばないですがね。「えっとですね、みなさんを避難させた後に、爆発したところに駆けつけると…… バルバロスと言うやつが、この部屋を滅茶苦茶にしてまして…… そいつを俺が倒しまして……」アグリは身振り手振りで状況を見に来た近衛兵に事情を説明していますわ。慌てたときのアグリはああやって大きな動作でごまかしているのがまるわかりですわ。「それで、この上の穴はなんでしょうか?」近衛兵の質問にさらにしどろもどろに答えているアグリ。そんなに慌てなくてもいいのに。「あぁ……あれは、バルバロスを倒すためにですね…… これ以上会場にも街にも被害を出さないためにも…… 上空で倒すのがいいと思いまして…… 上に放り投げて、倒したということでですね…… …… ごめんなさい。これは私がやりました」アグリは何をあやまっているのでしょうか。ねえさまも珍しく、街中だし被害を最小限に食い止めることを考量しての行動でしたのに。あやまる必要もないことを何故あやまっているかがわかりませんわ。「あのままバルバロスと言う奴を野放しにしておいたらこれだけでは済まなかった思います。 なおかつ倒す際にもいろいろと配慮いただいたようで…… 勇者様には本当に頭が上がりません。 ありがとうございます」「いえいえ…… それでも一部を壊したことには変わりがありませんので……」そこまで遜
「勇者はどこだ! 勇者を連れてこい!」バルバロスとやらはワシに向かってわめきちらしておる。弱いし、五月蠅いし、まったくなんでこんなやつをここに送り込んできたのじゃ。ゼドの奴は良くわからんのぅ。「勇者は今は忙しいのじゃ。 このワシが直々に決勝をぶち壊してくれたお礼をしてやるからのぅ。 しっかりと受け取れよ」ワシはバルバロスとやらにそう言うと、仮面を外し持っていた剣を構えた。どんな風にこやつを料理してあげようぞ。「あの……ねえさま…… 別にもう武闘大会ではないので、剣を使う必要はないのでは?」マリーに言われるまでとんと気づかなかったのぅ。「おぅ、そうじゃったそうじゃった。 言われてみればそうじゃのぅ。 剣なんて邪魔くさくてしかたない」ワシは剣を放り投げ、改めてバルバロスとやらと対峙をした。「お前の事などどうでもいい。 勇者だー、勇者を連れてこい。 お前を倒したところで、俺様には何の得にもならない」相変わらず勇者、勇者の一点張りじゃ。どうせゼドのことじゃ、勇者を倒した奴には四天王に取り立てるなどと言っておるのじゃろぅ。不都合なこと、ワシらがいることは隠してのぅ。「ワシの首もあいつなら喜ぶと思うがのぅ」「そんなことは知るか。 俺様は勇者の首を持って、魔王軍の幹部となるんだー」ん?その口ぶりからするとどうやらあいつはゼドの回し者ではなさそうじゃのぅ。そこらに居る野良魔族か。名前を上げたくて勇者が凱旋してきたこの武闘大会を狙ったようじゃのぅ。「お前はワシの事を知らんのか?」「あぁ、知らないな。 あいにく俺様は下っ端なんか興味がないしな」「ほほぅ。 ワシが下っ端じゃと?」「そうだよ。 たまたま俺様の不意を突いて勝っただけだろ。 まともに戦えば俺様の圧勝だ!」なんかこうも自分と相手の力量がわかっていないアホだと……頭にくるのを通り越して、逆にかわいく思えるのぅ。「では、その実力を見せていただこうかのぅ。 今度はワシが受けてやるから、さっさとかかってくるがよい」満面の笑顔でバルバロスとやらを煽って嗾ける。「そこまで言うなら、俺様の力を見せてやるよ」バルバロスとやらはようやくワシの方を向いて、槍を構えた。「ライトニングスピア!」得意と思われるスキルを発動してワシに向かってくるバルバロスとやら。
「やるのぅ…… なかなかと…… ワクワクさせてくれる」あやつもワシについてこれるようになってきたかと思うと自然と笑いが止まらないのぅ。「さてと…… これはついてこれるかのぅ」その戦いぶりが嬉しくてついついスピードを上げてしまう。「くぅっ……」あやつは苦しみながらもワシになんとかついてこようとしておるようじゃ。その中でもあやつはしつこくワシに聞いてきた。「やっぱり、お前、ゾルダだろ」「何度も何度もしつこいのぅ…… 私はソフィーナだ!」正体を隠して武闘大会に参加してみておるのじゃが、あやつはワシとわかっているようじゃ。しかし……そこは頑として認めんぞ。この間のオムニスの件もそう。メフィストの時もそう。何せほぼほぼ戦っておらぬからのぅ。ワシとしてはもう戦いたい欲でいっぱいじゃった。だから、武闘大会をあのじじいに仕向けたのじゃ。勇者の凱旋という餌で。まぁ、半分はあやつのためでもあるのじゃが……あとはあやつに内緒にことを運んで準備をしてきた。まぁ、魔法は使えんので、全開とは言わんが、それでもヒリヒリする戦いが出来ると思ったのじゃが……最初の相手……なんと言う奴じゃったかのぅ。激戦地から来た、俺が勇者を倒すなどとほざいておったが、よく覚えておらん。口の割には全然歯応えがなかったのぅ。槍の動きは遅いわ、ちょっと小突いただけで吹っ飛ぶわで、準備運動にもならんかった。次の相手も、その次の相手もじゃ。人族と言うのはこんな弱いやつらばっかりじゃったかのぅ。それに引き換え、あやつはやっぱり勇者と言われるだけの事はあるのじゃ。まぁ、ワシが鍛えたのもあるし、セバスチャンの訓練のたまものでもあるがのぅ。今までの奴らに比べたら、桁違いの歯応えじゃ。これぐらいやれると、やっぱり楽しいのぅ。「おぬし、なかなかやるようになったではないか」周りの観客どもも大歓声でワシらの戦いを見てくれている。こうやって注目されるのもまた楽しいし、やる気が出るのぅ。しばらく楽しくてあやつとの駆け引き、競り合いをやっておったのじゃが……あやつもしつこくくらいついてきおる。そろそろこちらも一撃を入れんとのぅ。楽しんでばかりもおれん。慣れない剣を使っているせいもあると思うのじゃが、あやつが思いのほか、やりおる。普段なら、こんな事せずに魔法なのじ
俺よりか後に登場してきたソフィーナ・デストルークの方を見上げる。「あーっ!」その見覚えのある姿。仮面で顔は隠しているが、まるわかりだ。「お……お前……」びっくりして指をさす俺に対して、ソフィーナ・デストルークは何食わぬ顔をして立っている。「それでは決勝戦を始めます。 謎の仮面女剣士ソフィーナ・デストルーク対勇者アグリ! それでは……はじめ!」俺の事は構わず開始の宣言をする審判。もうこうなればやけくそである。俺が想像している奴なら正直こいつに勝つのは無理だ。一矢報いれればいいぐらいだ。無様な負け方だけはしないようにしよう。そう思いながら、剣を構え、ソフィーナとの間合いを詰める。ソフィーナはニヤニヤとした顔をして、俺が振りかざした剣を軽く受け流し、俺へと顔を近づけた。「おい! お前、ゾルダだろ」周りに聞かれないように小声で話すも……「さぁ、なんのことでやら……じゃないのぅ…… なんのことでしょうか。 ワシ……じゃなくて私はソフィーナですわ。 あなたとは初めてお会いしますわ」ソフィーナはそう言いながら、剣を素早く動かし何度も切りかかってきた。俺は辛うじてその剣戟を受け切った。「あのさ、バレバレなんだよ。 そんな仮面で顔を隠したぐらいじゃ、わかるって」ソフィーナは剣での攻撃の手を休めずに話を続けた。「人違いをなさっているのでは? 誰も私のことは、その『ゾルダ』という方とは思っていないようですわ。 それを証拠に、国王をはじめ昨日会われた方々は誰一人としてそう感じていないようですわよ」「昨日の宴に出ていたのなら、『ゾルダ』じゃないのか? 『ソフィーナ』という人はいなかったし……」「いなかった証拠はありますか? 何時? どこで? 誰が? 見てないって? あなたこそ証拠を示してくださいませ」ソフィーナもといゾルダは一層のスピードアップをして攻撃の手をゆるめない。俺としても受け切るのが精一杯だった。剣を使ったことは見たことなかったけど、やっぱりそれなりに使えるようだ。「普段魔法ばかりだったけど、剣も使えるんだな」「嗜む程度に……じゃないのぅ…… 普段とはいつの事でしょうか。 私は普段から剣を使っていますわ。 剣士ですし」ここまでわかり切っているのに、あくまでも白を切るようだ。俺は戸惑いながらも
「あんちゃん、覚悟は出来たか? オレは最初から全力だぜ!」開始早々、ガリックは斧を振り上げて、俺を攻撃してきた。「覚悟を決めないと……」勝てるかどうかはわからないけど、やるだけやってみよう。俺は自分に言い聞かせるように言うと、素早く剣を構えた。でもなかなか斧が振り下ろされてこない。「ん?」なんでこんなに遅いんだ?ガリックの攻撃がすごく遅く感じる。余裕でかわすことが出来た。「???」ガリックもなんか驚いているみたいだが、俺も驚いている。なんでこんなに相手の動きが見えるようになっているのか……セバスチャンとの訓練でもほとんど攻撃は見えていなかった。マリーとの模擬戦もかわすのがやっとという感じだったし……少しでもタイミングが遅くなるとすぐに当てられた。「あんちゃん…… よくオレの攻撃をかわせたな。 まぁ、たまたまだろうけどな。 次はこうはいかんぞ」ガリックは矢継ぎ早に斧を振り回す。でも……遅い。凄く遅い。なんだこの感じ。次々にかわす俺。そんな俺を見て歓声が沸く。あれ?それほど沸くことをしているのか?ガリックは俺に交わされて、さらにムキになってなって斧を力いっぱい振り回してきた。それも余裕でかわした。「ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ……」ガリックは息切れを起こしている。「あん……ちゃん…… 避け……てばか……りいて……全然……攻撃……しないのか…… 俺が……そん……なに……怖い……のか?」疲れ切っていても強気な姿勢は変わっていないようだ。でもなんでこんなに簡単にかわせるんだ。もしかして……訓練の成果?セバスチャンの訓練ってもしかして凄かった?これならこっちの攻撃も当たるかも。「なら、こっちから行くぞ」剣を構え直し、ガリックに詰め寄り、剣を薙ぎ払う。――ブンそれに対してガリックは無防備のままだった。「ウギャーーーー」得も言われぬ声でガリックは吹っ飛んでいって、壁に激突した。一瞬静まり帰った闘技場――次の瞬間、大歓声に包まれた。「ガリックは戦闘不能。 勝者は勇者アグリ!」審判がそう告げると、さらに歓声が広がった。「俺、勝ったんだ……」拳を握りしめ、ガッツポーズをした。その姿を見た観客たちは、大きな声で声援を送ってくれた。しばらく歓声を浴びていたが、ふと我に返る。歓声の大きさ